「美人が台無しだな、ヒデ」

大きい手のひらに乱暴に頬をぬぐわれて、中嶋は鼻を鳴らす。
大事に扱われている気がして妙に照れくさい。
「ここを出て、どこに行くつもりだ」
そう言いながら机に目をやる。
机の上にあった仕事の山はいつの間にか綺麗になくなっていた。

もうここにいる理由もない。

「どこに、だろうな。どこに行きたい?お前は」
丹羽の声に中嶋は視線を戻す。

そうだ。この男が迎えに来たのだ。
もうここにいる必要もない。

中嶋は立ち上がった。急にこの部屋が狭くなったように感じられる。
続いて立った丹羽の肩に額をのせて、目を閉じて言う。
「まあ、どこでも同じ事だろう。
どこでもかまわない。
お前と明日もその先の明日も一緒なら」
「一緒に決まっているだろう」
そうにやりと笑って言って。丹羽の手がまた頭を撫でてくる。
「髪は触るなといっているだろう」
わざと怒った声を出すと、のんびりした答えが返る。
「減るものでもないだろう」
「減ったら、お前どうするつもりだ」
「はげていてもヒデはヒデだな」
「そういう意味じゃない。
全く、お前は」
丹羽の手の感触を目を閉じて味わって、中嶋は笑った。

軽口をたたき合いながら扉のノブに手をかける。
ふと中嶋は窓に目をやった。
あの年老いた男は、どうしたろう。
これからも変わることはないのだろうか。
表向きは完璧に、その実がらんどうのまま残りの人生を消費するのだろうか。

「ヒデ」
丹羽の声にも中嶋はすぐには動けなかった。
窓の向こうにいた男の指に光っていた、イエローダイアモンドに思いをはせた。
あの男の指にはまだはずせない指輪が嵌っているのだろう。
金色のダイアモンドが光っているのだろう。
「何を気にすることがある?
いい人生を送っているじゃないか。さすがヒデだ。
綺麗な嫁も子供もいる。
いい人生だよ」
中嶋は振り返った。
そばに立つ丹羽の手にするりと自分の手を滑り込ませて、ぎゅっと握る。
すぐに同じように握り返される力に、負けじと手の力を強めた。
急に始まった力比べに目と目を見合わせて、どちらからともなく笑い合う。


「行くか」
「ああ」

扉を開けて中嶋は学生会室を後にした。
丹羽とともに。




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