順調にかたづけていても仕事はなくならない。


モニターに見たことのある誰かが映っている。
伊藤の血縁の者だろうか。
中年、と呼ばれる年頃のその男は、伊藤を思い出させる顔立ちをしている。
十代の溌剌さはもうないが、人の良さを感じさせる雰囲気を漂わせている。
こちら側をむいて話しだす。
話し方もどこか伊藤に似ていて、面白い。
「   のご家族から中嶋さんに、って預かってきたんです」
小さな小箱を手に載せている。
「今更かもしれません。
けれど。中嶋さんに持っていて欲しい、って。
オレも、そう思うんです。
あの頃、中嶋さんと   はいつも一緒だったし」

ふと気づくと左の手に指輪が嵌っている。
黄色がかった石がキラキラと光を反射している。
楽しそうな光に肩の力を抜いて、思わず中嶋は口元をゆるめる。
不意に胸にぽっかりと穴が開いた気がする。
開いた穴に冷たい風が吹いているようだ。
痛い。
穴の開いた胸が冷たくて痛い。
胸を押さえて中嶋は思う。

何もせず石を見つめる時間ばかりがふえる。
一瞬事に変わる光の反射から目が離せない。
女でもあるまいし、宝石などに興味などなかったはずなのに。
そんな自分に眉をひそめても、気づけば石に見とれている。
仕事も進まない。
けれども、何のために作業をしているのか不意に中嶋は疑問に思う。
そういえば迎えも来ない。

迎え?
誰がだ?
誰が自分を迎えに来るのだろう。
そんな人物も思いつかない。

自分は何故ここにいるのだろう。
ぼんやりと思う。


中嶋は立ち上がり窓に歩み寄る。
右手で左の手をかばうように握っている。
窓から外を見る。

広い部屋の中、一人佇んでいる老人が見える
仕立ての良いスーツ、重厚な調度品。社会的な成功者なのだろう。
どこかで似たような面影を見たことがある。中嶋は思う。
我知らず左手の指輪をいじっている。
窓の向こう、かけた眼鏡を押し上げようとするしみの浮いた手に同じ石が光っている。

あれは。

はじかれたように中嶋は自分の席に戻る。
机に向かっていつものように仕事を始めようとする。
迎えが来ない。
左の指が不意に重くなる。
胸が突然痛み出す。

痛い。
痛い。
痛い。

胸に開いた穴が痛い。
ぽっかりと空いた穴のえぐれた中が痛い。
穴の中には何もない。痛むものなどなにもない。
ない筈なのに、痛い。


いない。

どこにも。


誰もいなくなんかない!!
いない者などいない!!

たたきつけるように中嶋は思う。
胸の痛みはますます激しく、指は心臓があるかのように重い脈をうつ。
背を丸め、激痛にあえぎながら中嶋は石に触る。
ひきこまれるような光を持つ石を痛む胸にあて。
浅く息をする。
痛みが和らぐ気がする。

誰も、来ないかもしれない。
迎えは、来ないのかもしれない。
自分はこの部屋に居続けるのかもしれない。
左手を強く胸に押しつけまぶたを閉じて中嶋は思う。

このまま。
出ることができないかもしれない。
この部屋から。

それでもいい。

それでもかまわない。
そう思う。






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