「ひでっ!!この馬鹿!!」
急に容赦ない力で腕をつかまれて。中嶋はあわてて振り返った。
革のジャンパーに身を包んで。怒った顔をして。
中嶋の腕を掴んで。
丹羽が、いた。
「なんでこんな薄着でふらふらしてんだ!なに考えているんだお前は!」
バイクで出かけたのではなかったのだろうか。丹羽の髪にうっすらと雪がのっている。
中嶋は不思議な面もちでそれを見つめた。
「哲也。お前ヘルメットは」
「おいてきたに決まっているだろう!」
吐き捨てるように言い、丹羽は中嶋の腕を引いた。
無理矢理立たせられ中嶋は眉をひそめる。
「どうした、乱暴だな。腕を」
「はなすか」
どうやら丹羽は不機嫌らしい。今ひとつ状況をつかめぬまま。
手を離そうとしない丹羽にひかれて中嶋は歩きだした。
闇雲な力でつかまれた腕が鈍く痛む。
丹羽の手の力は緩もうとはしなかった。離せば中嶋がどこかに行くと言わんばかりに。
これではいつもと立場が逆のようだ。
珍しいことだと中嶋は思う。
松林の小道を雪を踏んで帰る。
二人は無言だった。
いつの間にか雪はやんでいた。足下だけがぼんやりと白い。
「丹羽。お前朝からどこに行っていた」
寮の灯りが近くなってきて、中嶋は近寄りがたい背中にようやく話しかけた。
丹羽が振り向いた。中嶋を見つめて眉を寄せる。
丹羽は腕を伸ばし、いぶかる中嶋の頭から雪を払い落とした。
「…馬鹿が」
軋むように呟いて。丹羽は中嶋の肩に降り積もった雪も払う。
表情と言葉にそぐわない、思いがけなく優しい丹羽の手つきに中嶋はいたたまれない気持ちを味わっていた。
なんだろう。
なんだろう、これは。
「馬鹿とはひどい言われようだな。お前…何をいらついているんだ」
「いらついてる…。ああ、いらついてるさ。お前のせいだろう」
「どうしてだ?」
「どうしてだと!?」
丹羽の答えは吠える様だった。
「携帯にかけても出ない。寮に帰ればいない。
不思議に思っていれば1年が薄着でふらふらしているお前を見たって言う!
何考えてるんだ!こんな格好で!!」
丹羽は言葉を切った。荒く息をついてつかんだ中嶋の肩を引き寄せる。
その長い腕に中嶋の体を閉じこめて丹羽は絞り出すように言った。
「頬がこんなにつめたいじゃないか
…探した。ひで。
探したぞ。心配、させんな」
「…探した…?」
「探したさ。
悪いか。俺がお前を追いかけたら。
心配したら変なのか?」
「…考えたこともなかったな」
変。と思った通りを言い返すことができずに中嶋は言葉を濁した。
探すとか。追いかけるとか。それらは常に自分が丹羽に対して行うことだった。
丹羽が自分を探した。その事実が中嶋を落ち着かない気持ちにさせた。
「英明…お前は…」
「哲也?」
途中で言葉を切って。丹羽はがっくりと中嶋の肩口に顔を埋めた。肩に丹羽の重みが心地よい。濡れた髪を撫でたい、そんな事を中嶋が考えていた時。
「中嶋。…お前。何であんなところにいたんだ」
どこか思い詰めたように低い、硬い声で呟いて丹羽は中嶋の肩口から顔をあげた。
廻していた腕もあっさりと解いてしまう。中嶋は冷たい空気の中に放り出された。
寒い、と中嶋は思った。
先ほどベンチで一人座っていた時よりもずっと気温が低く感じられる。風が肌を刺すようだ。
体の横におろされてしまった腕を未練がましく見ていた中嶋は。顔をあげて、丹羽と目が合った瞬間動けなくなった。
丹羽の目は他人のそれの様だった。溶けない氷を思わせた。
丹羽の変化にとまどいながら中嶋は答える。
「俺がどこにいようと、お前には関係ないだろう」
「関係ない、だ…?はぐらかすなよ。何故だ。言ってみろ。
こんな時期に散歩でもないだろう」
それは3年そばで過ごしてきた中嶋だけが知っている丹羽の姿だった。
全てを見通して。情の一片もなく、高みから断罪する。
『王様』と生徒たちから戯れに呼ばれる男の、まさしく王者然とした姿。
何故、だろう。
中嶋は思った。何故自分はあのベンチに座っていたのか。
いや。その前に。何故部屋から出てきてしまったのか。
居心地いいはずの自分だけの空間に、いたくないと思ったわけは。

そう。丹羽がいなかったからだ。
ただ丹羽に会いたかったからだ。

思い当たった唯一の理由はとうてい口に出せるものではない。
この執着はなんなのだろう。
中嶋は頭の片隅で思った。
会いたいと思う。
その不在に耐えられなさを感じる。
丹羽以外の人間にはそんな事を思いもしないのに。
まるで世界中の人間が丹羽と丹羽以外に別れてしまっているようだ。
自分にとっては丹羽だけが、特別、なのだ。
自分を見つめている男はそれに気づいているのだろう。
中嶋が誰のために歩き回ったのか。
誰を探していたのか。
まるで季節の移り変わりを読むように。自分でもわからなかった心の動きを読んでいるに違いない、丹羽哲也は。
そして中嶋に心の内を曝せと言っている。
けれども。
「…言って、どうなる。無駄な事だ」
中嶋は丹羽の目を見つめることもできずに苦く視線をはずした。
時間の限りが見えている中、手を伸ばして一体どうなるというのだろう。
時間が止められるとでも言うのだろうか。
そんな事、誰にも出来はしないのに。そう。たとえ丹羽であろうとも。
「ただの気まぐれに外に出てみた…それだけのことだろう」
中嶋の言葉は発せられた瞬間、ちりぢりにほどけていった。
重い沈黙が二人の上にのしかかってくる。
丹羽が動いた。








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