■□■□どこかへ急ぐハート■□■□ byやまいち





ある日突然、勝手に心臓が壊れそうなくらいバクバクして、
顔ばかりが熱く火照ってくる。
 そうかと思うと、今度は胸がキューーーーーっと痛くなって食事も喉を通らない………これは何だ? たちの悪い病気?
 それとも…………………………………。



 いつものように放課後のごちゃごちゃとした喧騒の中、滝俊介は愛車のマウンテンバイクを軽快に飛ばしていた。
 お蔭様で滝の学園デリバリーは毎日大繁盛である。
 一番のかきいれ時である放課後にせっせと〈チャリンコ〉を飛ばす滝の姿は、もう学園の見慣れた風景の一つであった。
 今日も依頼された何本もの仕事を消化すべく、ノンスットプで器用に人波を潜り抜けていく滝だったが、テニスコート脇の抜け道に通りかかった時、ふいに「チャリンコ」を止めた。
 それは、たまたま視線を移したテニスコートを囲うフェンスの向こうに、あの男の姿を見つけたからであった。

 遠目から見ても目立つ長身が、今は流れるように黄色いボールを追いかけている。
 彼が走る度に、色素の薄い髪が光に反射するのがキレイで、滝は知らずに目で追ってしまっていた。
「ああしとると、ええ男なんやけどなぁ〜……。」
 我知らずに零してしまった独り言に自分でギョッとなった滝は、慌ててあたりを見回してしまった。
 幸い周りに誰も居なかった為、うっかり零してしまった失言が聞かれている心配のない事を確認すると、自分の失言を打ち消すかのごとくムキになって吠えてしまった。
「何言うとんのや自分!あいつはただの軽薄野郎やんか!そうや…いつか絶対しばいたるんや…」
 まるで自分に言い聞かせるように滝に決意表明させる出来事は、つい三日前に起きたのだった……。


 その日の放課後、滝は珍しく学園の裏庭で大の字に寝っころがり青い空を眺めていた。
但しそれは自ら望んだ休憩ではなかったのだが………。
 いつものように忙しなく〈チャリンコ〉を飛ばしていた滝にそれは突然の出来事だった。
 茂みから飛び出してきた〈とのさま〉を避けようと思わず切ったハンドルにバランスを崩した滝は、そのまま〈チャリンコ〉ごと転倒していまい、その衝撃で足を捻ったようで、動けなくなっていたのである。
「あ〜あ〜〜…仕事がぎょうさん残っとるんやでぇ〜〜。こんなトコでお天道さん見てる場合とちゃうやろ……はぁ〜〜……」
 思わず溜め息交じりにぼやいてしまう滝が心底途方にくれていた時だった。
「あれ〜〜?珍しいねぇ、俊介がこんな処でお昼寝なんて」
 テニスラケットを小脇に抱え、ユニフォームが入っているらしきスポーツバッグを肩に担いだ成瀬由紀彦が、暢気な声を上げて近づいてきた。
「昼寝とちゃう!由紀彦こそ部活やないんか? あ、寄らんでええ!」
「部活はこれからだよ。…昼寝じゃないんならどうして転がってるんだ?」
 滝の寄るなオーラも綺麗にスルーし近寄ってきた成瀬は、側に転がっているマウンテンバイクのハンドルが妙に歪んでいる事に気づくと、一瞬にして神妙な顔になり滝を見た。
「俊介…お前ケガしてるのか?どこだ!」
「大した事あらへん……ちょっと足捻っただけや。暫くじっとしとったら直るし…。お前、はよ部活行けや… 」
 怪我で伸びてる情けない姿を見られたくなくて、早く消えて欲しいと願っている滝だったが、成瀬には通じなかったようだ。
「捻った?大変だ見せて!」といつになく真剣な声で言うと、さっさと滝の側に跪き靴と靴下を手際良く脱がせていた。
「………少し腫れてるね……大事には至らないとは思うけど……きちんと手当てしたほうがイイな。うん!すぐ医務室に行こう!」
「ええって! それより……その手をどけろや!なんか……背筋がゾクゾクする……」
 先程からケガの具合を見る為触れられている成瀬の手が軽く動く度に、寒気にも似た震えが滝を襲っていた。
 それなのに触れられている足首と、全く見当違いな顔ばかりが、ほてほてと熱くなってくる。
 もしかしたら軽く捻ったのではなくて、ヒドいケガだったのかもしれない……滝が焦りながらそんな事を本気で考え始めている時だった。
「ふぅ---〜〜〜ん……俊介って足首が弱いんだ…」
 滝の足首をしげしげと見つめたまま成瀬は呟くと、「ちょっと試してもイイ?」そう尋ねるなり滝の足首をペロっと舐めたのだった。
「!!!!!!!な、な、なに……お、おま……!!」
 あまりの突然の出来事に、何が起こったのか理解不可能な滝はパニックになっていた。
 そんな滝とは対照的に、ひどく楽しそうな様子の成瀬は驚きに口をパクパクさせたまま固まっている滝の耳元に近づくと、あろう事かこんな事を聞いてきたのであった。
「どう?俊介…… 感じた?」
……感じた?……一瞬何を聞かれているのか理解不能な滝であった。……が。
 言葉の意味と今自分の身に起こった出来事を反芻すること約10秒…………
滝の中で何かが、プチっと切れた……。そして……。

「な、なにすんじゃいこの!!エロせぇ〜〜〜〜〜〜〜!!!」

 滝の怒りの絶叫と共に繰り出された右ストレートは、成瀬の左頬にスマッシュヒット!……のはずであったが……
「おっと! 怪我人が暴れたら駄目だろう。はいこの右手は僕の肩ね」
 相手は流石テニス界のホープ。その反射神経と瞬発力は滝の右ストレートを軽くかわし、さっさとその右手を取って、ちゃっかり自分の肩に回させてしまった。
「さぁ、抱き上げるからちゃんと掴まってるんだよ俊介。落ちたら捻挫だけじゃすまないからね」
「ぎゃーーーー!!なに抱き上げとんのや!!おろせぼけ!!」
 いきなり横抱きに抱き上げられそうになり、羞恥に足の痛みさせも忘れて暴れだした滝だったが…。
「だって俊介歩けないだろ? あ!こら、暴れないで!大人しくして…。」
 暴れる滝をものともせず、成瀬はなにやら上機嫌で滝の身体を軽々と抱き上げてしまった。
「ハズいんじゃい!!マジでおろせや!!由紀彦ぉ!!」
「ん〜〜。何俊介? お嫁さんみたいにダッコしたままグルグルして欲しいの?」
 抱きかかえられながらも、往生際が悪くジタバタと暴れる滝だったが、成瀬はどこまでもマイペースに、そんな抵抗などモノともしないようであった。
「あほか!!何がグルグルや!!つか人の話聞けや!!」
「ふふ……俊介顔真っ赤だよ…。可愛い…」
「か…可愛い………????」
「うん。凄く可愛い。グルグルしたいほど可愛いよ」
「……グルグルは……ええから…。じゃなく、可愛い可愛いいうな!アホ!
お前が可愛いんは、啓太やろが!毎んち恥ずかしげも無く『ハニー!ハニー!』言いくさってからに……。」
「うん?ハニー? ハニーは可愛いねぇ〜〜」
 啓太の話をする時、成瀬はいつも幸せそうに微笑む。
 今も啓太がまるでそこに居るかのように、愛おしそうな顔をして成瀬は言っていた。
 そんな成瀬の顔を見た滝の胸は、瞬間ツキンと痛んだ。
(なんや…今の…)それは本当に一瞬の出来事で、滝には痛みの形をつかむ事すら出来なかったけれど…。
 そんな時、いきなり滝の顔を覗き込むように、成瀬が顔を近づけてきた。
「な…なんや?急に?? 」
 突然の事に驚き、緊張で身を硬くした滝に、成瀬はまるで秘め事をこっそり伝えるかのように意味深長に囁いた。
「でもね俊介……どうやら今は俊介のほうが可愛いみたいだ」
「………へっ?………」
「うん! やっぱり可愛い!」
 しれっと落とした成瀬の爆弾は、暴れる滝に効果覿面だったようだ。
 何故なら滝は、瞬きさえも忘れたように成瀬凝視したまま、その動きを止めてしまっていた。


 結局、成瀬の意表を突く攻撃(?)によって瞬間フリーズしたままの滝は、
 横抱きの恥ずかしい格好のまま、医務室に連行されてしまった。
 だがその早い手当てのおかげで、捻った足は軽い捻挫程度ですみ、もうこの通り、普通に〈チャリンコ〉を乗り回せる程になっていた。
 それも成瀬のおかげなのだが…そんな事実さえも今の滝には、癪に障る要因でしかなかった。
「礼なんか死んでも言わんで!何が可愛いや……どいつにもこいつにもホイホイ言いくさってからに……病気やでアイツ……し、しかも人の足をペロペロ舐めやがって!お前は犬か!からかうのも大概にせいや!………あっ、いかん……またムカムカして熱が出てきよったみたいや………」
 そう、あれから滝は事あるごとに3日前のあの出来事を思い出し、
 一人ムカムカと苛立ち、そうかと思うと発熱したように身体が熱くなる不快感に襲われていたのであった。
 しかも運悪く一連の元凶である成瀬とは同学年だ。
 滝がどんなに考えないように努力をしてみたところで、否が応でも成瀬の姿は目に入る。
 その度に舐められた足首が疼き、終いには胸の奥が掴まれたようにキューーっと痛み出すのであった。
 おかげで風邪を引こうが、「おたふく」に罹ろうが、劣れた事のない食欲が、この3日間パタリと無くなってしまっていた。
「大問題や〜〜〜。昨日の夕食は週に一度のお楽しみ〈特製カツ定食〉やったのに、おかわりもできんかった……… う〜〜〜〜…腹減った〜〜〜…………
 それもこれも、全部あのエロ瀬のせいや! 人がどうにか思い出さんようにしようとするたんびに、目の前をうろちょろしてからに………やっぱ一度シバかな気が済まん!」
 フェンスを掴む両手に力を込め、息巻く滝はある事実に気づいていなかった。
 それはいつもよりこの何日間、成瀬の姿を見かける回数が格段に増えているという事である。
そう、いくら同学年であっても今までは始終気になどしていなかったのに。
 気がつくと滝の視界は、キラキラと光に透ける髪の持ち主を映し出していた。
 こうやって用も無いのに足を止めて、3日前まではただの友人で、今は宿敵である男の姿を無意識に探してしまっているという事実に、滝自身まったく気づくことなどなかった。

「あ!いかん!配達の途中やった!丹羽会長がお待ちや!」
 慌てたように携帯の時間を確認すると、滝は急いで〈チャリンコ〉に跨った。
 まっすぐ前を向く滝の、その視線の彼方には、今まさに夕陽が海岸線に沈もうとしている。
 すっかり橙色に染められた世界の中、滝は一つ大きく息を吸い込むと、力強くペダルを踏み込んだ。
後ろも振り返らず、ただペダルを漕ぎ続ける滝は、だから気づく事が出来なかったのかもしれない………。
 フェンスの向こうから、小さく橙色に融けてゆく滝の背中を見つめていた強い視線に………。
 その人が愛しげに微笑んでいた事に………。


 ある日突然、勝手に心臓が壊れそうなくらいバクバクして、
 顔ばかりが熱く火照ってくる。
 そうかと思うと、今度は胸がキューーーーーっと痛くなって食事も喉を通らない………これは何だ? たちの悪い病気?
 それとも…………………これが恋の病………ですか?