その目に映るものが。
 
 会計の仕事のついでにレギュラークラスに立ち寄ろうと思った時に。
 七条が啓太に会えるかもしれない、と思わなかったといえば嘘になる。
 嘘になるどころか。
 むしろ、七条は偶然を装って会いに行こうとこっそり企んでいたのだった。
 思いがけなく姿を現した自分に、啓太はどんな反応をするだろう。
 七条の姿を見つけて。啓太はまず驚きに目を見張り。
 一瞬後には満面の笑みで駆け寄ってくるだろうか。
 嬉しそうに。
 その顔が見たい。
 笑顔でも、泣き顔でもいい。
 七条は啓太のいろいろな表情がみたかった。
 正確にはいろいろな表情をさせたかった、だが。
 啓太の感情の動きなら手に取るようにわかる七条だが。
 それを動かす唯一の存在になりたかった。
 それはまだ七条も気付かない自分自身だった。
 とらえたい、と切に願うほどに啓太に囚われていると、七条はまだ知らない。
 その感情が。その感情こそが恋であると。
 気付くのはもう少し後になる。
 七条がレギュラークラスを通りかかった振りで覗き込んだ時。
 啓太は誰もいない教室の一番後ろで椅子に座り窓の外を眺めていた。
 口元には笑みが浮かんでいる。
 何を、みているのだろう。
 …誰を?
 自分以外の誰かをみているのか?
 七条は心に嫌なもやがひろがるのを感じた。
 舌の奥に苦い味がする。
 衝動につきうごかされて。
 七条は音を立てずに啓太に近づくと。振り向かない啓太に 後ろからそっと目隠しをした。

 びくりと啓太の肩が驚きに揺れたが、もっと驚いていたのは七条の方だった。
 自分の行動が信じられない。
 子供でもあるまいし。
 しかし。手は離せない。
 啓太は、なんと言うだろう。
 誰の仕業と思うだろう。自分と、わかるだろうか。
 他の誰でもない、自分と。啓太はわかってくれるだろうか。
 なかば祈るような気持ちで、七条がいた時。
「…七条さん?」
 そっと。啓太の手が目を隠す七条の手に触れた。
「七条さんでしょう?!どうしたんですか」
 声には嬉しげな色がにじんでいた。啓太の手は七条の手をそのまま上から押さえてしまっている。
 七条が離れていかないように。
「…どうして…?」ようやく問いかける事が出来た七条の声は掠れていた。
「どうして、って。オレに七条さんの手がわからないわけないでしょう。
…なんて」それは嘘ですけど。恥ずかしそうに啓太はそう続けて七条の手を握る。
 握った手を目からはずして啓太は振り返った。七条の姿を見て安心したようにため息をつく。
 七条さんだ。
 声には出さなかったが、啓太の唇がかすかに動いて七条の名を呼んだ。
 握りしめた手をぎゅっと掴んで啓太は言った。
「何となく七条さんの気がしたから…。でもホントはきっと他の誰だったとしても七条さんって言っちゃったかもしれないです。だってオレ、今、すごく会いたかったから」

 実はちょうど今。七条さんの事考えていたんです。
 秘密を打ち明けるように小声で言って。啓太はきれいに笑った。