夕暮れの、秘密   by まめたろう






10月も半ばを過ぎれば日の暮れが一気に早まる。

夏の時期いつまでも空の片隅に掴まっていた太陽は3時には傾いて
急ぎ足で街の彼方に沈んでいく。
色をなくす空は、水平線から濃紺にたちまちに色を変える。
少し前までなら夕方と呼べた時間は、今やまったくの夜だ。

日の暮れともに、生徒も寮に戻るのだろうか。
夜間照明が点いたグランドにはまだ部活に励む姿があった。
フローリングが明るい体育館からも声が聞こえてきてはいたが、静まりかえった校舎に人影はなかった。
皆、日が暮れる前に帰るのだろう。暗い校舎から逃げるように。
昼は自分たちの居場所と安心していられるのに、いざ日が沈み、暗闇に覆われた途端
この場所がどこかよそよそしく感じられるのは何故だろう。
誰もいなくなるからだろうか。
誰も?
丹羽は頭を軽く振る。口元に笑みを浮かべると闇の奥に足を速めた。


閉め切れていない扉の隙間から廊下に一条の光がさしている。
皓々と灯りがついている、その部屋だけ昼にしがみついているかのようだ。
丹羽はゆっくりと近づくと学生会室の扉に手をかけた。


ディスプレイに向かって難しい顔をしていた中嶋は。入り口にたたずむ丹羽の姿を見つけると
片方の眉だけ器用に持ち上げて見せた。
指を素早く動かしてデスクトップの電源を落とすと立ち上がる。机の上に広げられた書類を手早く集めつつ
中嶋は冷めた様子で言う。
「遅かったな。もうとっくに皆帰った後だぞ。
なんだ、またどこに行っていた」
「釣りだ」
丹羽の答えに。
「…やっぱりな」
中嶋はわざとらしくため息をついて見せた。
「それで釣れたのか?
お前のような男に釣れる魚がいたら見てみたいくらいだ」
あきれたように続けた声に苦笑がにじんでいる。
「オレは帰るが、お前はどうする?
ここに残って書類をかたづけるというのなら手伝ってやってもいいが」
「オレも帰るに決まってるだろう」
丹羽の答えに中嶋が目を上げる。
そろえた書類がトンと音を立てて机に置かれた。
「帰る?
そうか」
丹羽は中嶋の肩から力が抜け、頬がゆるむのを見逃さなかった。
大股で近寄ると肩に腕をまわす。
「じゃあ、行くか。ヒデ」
「肩を抱くな。重い」
邪険を言いながら、おとなしく腕に収まっている中嶋の頬が心なしか赤く見えるのは気のせいだろうか。

「腹減ったなあ」
「ふらふらふらふら遊びほうけてるからだ。自業自得だ、お前の場合。
お前、釣りに行ったんなら夕飯くらい釣ってこい。
…まあ、焼肉とかあるといいがな」
「なんだって端から旨くくっちまうけどな」
「お前はそういう奴だよ」
軽口を叩きあいながら、二人は暗くなった道を寮に向かって歩く。
蛍光灯がつくる光の円が軽快なリズムで二人の歩く道を照らしていた。
丹羽は今日の献立を知っていたが、口に出したりはしなかった。

釣りに飽きて一旦寮に帰ったこと。
中嶋の姿が見えないので学生会室に戻ったことは。
誰にも言わない丹羽だけの秘密だ。








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