After Valentine
by ふぉるてH本さま(my little heaven)









男ばかりのムサい学園でも、バレンタインデーには、どこか浮ついた空気が流れ出す。
世間から隔離された人工島のことだ。外部から侵入するには学園入り口にある事務所で受付を通らねばならず、
年に一度大挙してやって来る女達は、例外なくここでチョコレートを取り上げられる。
事務所前には、学年クラスごとに仕分けされたダンボール箱に、郵送されて来た包みと合わせて甘ったるい山が出来上がるのが恒例となっていた。
2月15日の放課後、その山の中から「学生会」と貼り紙されたダンボールを2箱、丹羽と共に学生会室へと運び込んだところである。
学生会宛のチョコレートが4分1箱、俺宛が4分の1程度、残りの1箱半は丹羽宛のものだろう。


年に一度、女が男にチョコレートに込めた思いを渡すなどという珍妙なイベントを喜んでいるのは、菓子メーカーに踊らされた日本人だけだ。バカバカしいにもほどがある。
大体一年に一度だけ思いを告白するような奥ゆかしい女が、
今時この地上に生息すると思うか。
年がら年中、目ぼしい男を天秤にかけて物色し、「あっちは顔がいいけど学歴が今いち。
将来性に欠けるかも」などと、自分の面と脳味噌を神棚に上げてのたまう輩だらけではないか。
そんな天然記念物バレンタイン女がいるものなら、是非拝見してみたいものだ。

「そうは言うけどよ、やっぱバレンタインのチョコレートっつったら男の勲章だろ。
おまえだって 貰わなかったとは言わせねぇぞ。チョコ貰って嬉しくないわけねぇだろ」
「嬉しくなどないっ」

きっぱりと答えた俺に丹羽が「あ?」と疑問符を投げかける。

「またまた〜。ヒデちゃん、照れるなよぉ。最高で幾つ貰ったことあるんだか教えろって」
「断る。そんなことを聞きたがるおまえの方がどうかしているんだ。二度と聞くな。以上だ」
「以上だって……なに怒ってんだよ、おい」
「ショ糖は虫歯の原因になる。食べ過ぎには注意しろ」

チョコレートはチョコレートでしかない。
栄養学的には脂質、タンパク質を含む糖質の塊であり、
100グラムあたり約500キロカロリーという高エネルギーな嗜好品に、
「愛情」が人為的に込められて売っているわけがない。
チョコレートはチョコレートなのだ。

「特にチョコレートを食ったら必ず歯を磨け。でなければキスはお断りだ」
「おまえ、チョコ嫌いだったのか?」
「ああ、嫌いだ」
「……なぁ、聞いても良いか。なんでだ」

丹羽に悪気がないことは分かっていたが、それでも腹立たしかった。
たかがチョコレートではないかと思う。丹羽に八つ当たりなどするべきではないことも分かっている。
別にチョコレートは嫌いではない。チョコレート自体に恨みもない。
パソコンを睨み疲れた時には一粒、二粒くらい口に入れることもある。
だが、無邪気にバレンタインの思い出などを語っている丹羽を見ているうちに、胸がムカムカして、普段ならば言わなくても良いことまで口走りそうになってしまう。

「目に見えないものを形にしようなどと悪あがきにもほどがある。
チョコレートはチョコレートであって、愛情ではない。
ましてや、そんなものの数を競うなど馬鹿げた遊びに過ぎん。
更にもっと正確に言えば、俺が嫌いなのはチョコではなくバレンタインだ。
分かったか」
「分かった、よーく分かった。つまりだ、おまえ、本命からチョコレートを貰ったことがないんだな」

一瞬、言葉に詰まった。

「どうだ、図星だろ。だからバレンタインが嫌いなんだろ。違うか」

俺が嫌いなのはバレンタインというお祭り騒ぎだ。
なにが「男の勲章」だ。聞いて呆れる。
見知らぬ女に「好きです」とチョコレートを押し付けられて、中身が毒ではないと誰が断言できる。
俺のように性格が屈折した男が女に好かれる場合は、大体が顔に一目惚れと相場が決まっている。
それでも顔に釣られた挙句のチョコレートならばまだ許せる。
怖いのは、顔見知りからの恨み路線チョコレートだ。
一度、下剤入りとしか思えないチョコレートを食わされ、酷い目にあった経験が尾を引いている。
俺にとって女から突きつけられたチョコレートほど気味の悪いものはないのだ。

「それ以来、俺はチョコレートを受け取ったことがない。そういうことだ」
「下剤入りねぇ。それはまた凄い女もいたもんだな」

笑いを堪えた丹羽の様子に益々腹が立って来る。
腹を下すようなチョコレートを食わされた経験のない奴には、どうせ分からないだろうさ。
好きなだけ笑えば良い。

「ま、どうせおまえがよっぽど酷いことをしたんだろ」
「酷いかどうかは主観の問題だ。俺は知らん」

何故、その女が俺に下剤入りチョコレートを食わせたのか、もう理由など忘れてしまった。
多分、丹羽の言うように俺がよほど酷い仕打ちをしたのだろうが、
なにせ小学生だった頃の話だ。
してやられた事実だけは覚えているが、その他は女の顔も名前もなにもかも覚えていない。
覚えていなくて正解だ。人は誰にでも忘れていたい過去の一つや二つあるだろう。
チョコレートを食って三日も休んだ屈辱など、思い返したくもないっ。

「ヒデ、そう怒るなって。ほら」

そう言って口移しに渡されたものは、甘く蕩けたブランデーチョコレートだった。

「うっ! 貴様、どこの馬の骨の物とも分からない貰い物を俺に食わせたなっ」

丹羽が貰うチョコレートに毒が入っているはずがない。
世渡りが上手く、求心力に長けたこの男を恨みに思う女がいるわけがない。
ビターチョコレートが良く似合う丹羽は、今までどれだけの愛情を集めて来たことだろう。
今も学生会室に持ち込まれたダンボール2箱分のチョコレートが、俺を睨みつけていた。
『あんたは男でしょう。女の子のお祭り、バレンタインの邪魔なのよ』と。
そんな怨念の籠もったチョコレートを食って、腹を下さずに済めばラッキーだ。

「違うって。これはな、俺が海野先生んとこで作って来たものだ」
「なんだとっ。尚更、悪いっ!」

この季節、化学部では毎年「手作りチョコレート教室」なるものを密かに開催している。
隔離された男子高校でのことだ。義理チョコすら手に入らない生徒達も多い。
俺のようにバレンタインそのものに興味がないどころか嫌悪しているならば良いが、
自分でチョコを作り、見目麗しくラッピングし、自分宛てに郵送する見栄張りなバカが後を絶たず、「手作りチョコレート教室」は大盛況だという噂がある。
誰にも知られたくない者同士がひっそりと集っているため、公然の秘密でありながら噂の域を出ないという奇妙な「教室」ではあるが……
ただ問題なのは、主催者が海野先生であるということだ。
あの人の監修では、なにが混入されているか分かったものではない。

「まさか海野ちゃんスペシャルパウダーは入ってはいないだろうな」

ほど良い甘さと苦味、ツンと鼻腔を刺激するアルコールが広がる口の中に、危険な味……例えば火薬臭さ……はないかどうかを必死で探る。
唐辛子の辛さや青汁の臭み、その他、考えられるありとあらゆる異質なものを口の中に探すが、どうやらごく普通の洋酒入りチョコレートのようだ。
いや、普通のと言うよりも香り高いブランデーの味が際立ち、まるで高級菓子の味わいがする。

「甘いもん食っといて眉間にシワ寄せてんじゃねぇよ。どうだ。美味いだろ」
「……なぜ化学部に行った」
「正月に帰った時に親父の秘蔵の一本をチョロまかして来たんでな、ブランデー入りチョコを作りたかったんだが、自分じゃコーティングが上手く行かなくてよ、先生に教えて貰ったんだ」

そういうことを聞いているんじゃないっ。

「おまえは自分で作る必要などないだろうっ。見ろ、あのダンボールの山をっ」
「バーカ、あのダンボールの半分はおまえのもんじゃないか」
「そうではなく、なぜ……」
「おまえに食わせてやりたかったからに決まってんだろうが」

製氷皿で作ったという粒チョコにしては大きめな塊を、ぽいと口に放り込み、バリッと音を立てて噛み砕いた丹羽は「やっぱ美味いわ、この酒」と笑った。

「おまえ、チョコレート貰っても食わずに捨てちまうしよ。けど、嫌いってわけじゃないだろ。
 たまに食ってるもんなぁ。俺が愛情込めて作ったチョコなら食うかなと思ってさ。
試してみた」
「そ、そんなもの、たかがチョコレートに入れられるわけが……」
「たかがチョコレートでもな、愛情ってのは、ちゃんと伝わるんだよ。違うか、ヒデ。
 おまえが腹を下したチョコも、案外、レシピを間違っただけで、悪気はなかったのかもな。
 けど、女からのチョコを食いたくないなら食うな。俺が俺のチョコを食わせてやる」

たじろぐ俺に高級ブランデーの味のする唇が寄せられた。
とろとろに溶けた甘さ控えめのチョコレートとピリッと刺激的なブランデーが流し込まれる。

「甘くて痺れるだろ? 美味いって言えよ。お代わりいるか? まだたっぷりあるぜ」
「ああ、美味いな。ブランデー入りならチョコレートも悪くない」
「違うだろ。バレンタインも悪くない、だろ?」

丹羽が作ったというバカでかいチョコを口の中に放り込んでみる。
美味い。なんという甘露だろう。これが丹羽の愛情だと言うのか。
口の中で半分溶かしたそれを、丹羽に分け与える。
「ん〜、やっぱ美味いな。俺って天才」と笑う男に、こんなバレンタインなら悪くないと思う。
来年は俺もスペシャルなチョコレートを作ってみるとしよう。










ふぉるてさんのサイト「my little heaven」55555キリ番記念に
リクエストさせていただいたヴァレンタイン丹羽中です。
飾っていいよとお許しをいただいたので上げさせていただきました。
甘くてラブ。
まさしく甘露。

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