とても特別な。








「伊藤くん」
大好きな声に呼び止められて啓太は振り向いた。
日曜日、学生寮のロビーに生徒はまばらだ。朝早い時間のせいもあるだろう。
啓太だって休日にあるまじき早起きをしたのだ。
こっそりと寮を抜け出して買い物をするために。
それはあくまで『こっそりと』である筈だった。
誰にも見られずに啓太は自分に課した任務を遂行するつもりだった。
なのに。
なんでこんなところで会っちゃうんだろう。
「どうしたんですか?どこに行くつもりなの?」
おはようの挨拶もなしに聞かれたくないことを質問する七条は
啓太が今一番会いたくない人物だった。
早朝にもかかわらず眠そうな様子もみせない七条を見上げ啓太は唇をかみしめる。
何も言えない。
言葉が出てこない。
今日の秘密任務の最重要事項は『七条さんに知られないこと』だった。
そのための早起きだった。見つかることなど啓太はこれっぽっちも考えてなくて。
だから言い訳の一つもでてこない。
嘘など言ったところですぐ見破られるだろう、そんな事わかっていたが
下手な嘘でもいいくらい啓太はせっぱ詰まっていた。
「…し、七条さんこそ、どうしたんですか?こんな朝早くに」
啓太の苦し紛れの質問返しは。
「伊藤くんに会いたくて。どこかに行こうとしてたの?」
あっさりと打ち返されて。
「僕も一緒に行ってはだめですか?」
にこやかにそんなことを言われてしまえば
啓太にはもう白旗を揚げるしかなかった。

二人並んで学園島にかかる橋を歩きながら。
啓太は七条をこっそりと見上げた。
緩む口元を押さえられない。
七条さんだ。
こんな朝早くから七条さんと一緒にいられる。
相変わらず七条には内緒で『秘密任務』実行中の啓太だったが、横に七条がいるのは嬉しかった。
二人きりで一緒だ。
毎日の様に顔を合わせていても周りには必ず誰かがいる。
それもにぎやかで楽しかったがこんな風に二人になりたいと考えなかったと言えば嘘になる。
「どうしたの?伊藤くん。楽しそうな顔していますよ」
不意に七条が振り向いた。優しそうな笑顔につられる様に啓太は笑って。
「七条さんと一緒だからです」
これは紛れもない本音がこぼれて落ちた。
そんな啓太に七条の目は一瞬見開かれ。すぐに眩しいものを見るように細められた。
なんだろう。
なにか変なこといったっけ。オレ。
どこか困った様な顔になった七条を見上げ、啓太が心細い気持ちに襲われた時。
すっ、と七条の手が前触れもなく啓太の頬に触れた。
「啓太」
「し、七条さん?」
「どこに行こうとしてたかはわかりませんけど。やめませんか?もどりましょう」
「な…だって、オレ買い物」
「また後にしなさい」
「でも…だって…」
覗き込む様に見つめる七条の瞳に魂が吸い込まれそうだ。
頬の肌触りを確かめるかのように動く指が心地いい。
七条の言うとおりにしたい。
七条に見つかった時点で『秘密』は秘密でなくなっているのだ。だったら取りやめても。
啓太は迷っていた。
けれど。今日を逃すと買いにいけなくなっちゃうんだ。
七条さんの誕生日プレゼント。
こっそり。こっそり買いたかったのに。
いつの間に。って喜ぶ顔がみたかったのに。
「わかりました」
黙ったままの啓太に何を思ったのか、七条がため息をついた。
手が啓太の頬から離れる。
嫌だ。
気付くと啓太は七条の腕にしがみついていた。
「啓太くん?」
「…七条さん。オレ…駄目オトコみたい…。目先の幸せに迷っちゃうみたい…」
ぎゅっと七条の腕を抱きしめて啓太は呟いた。
「きっと明日になったら呆れられちゃうんだ…」
ためらいながら啓太は肩に顔を寄せる。
七条の手が思いがけない力強さで啓太の頭を抱いた。
頬を柔らかい髪に押しつけ七条はゆっくりと言葉をつむいだ。
「君と二人きりで一日中いられる。
今までで一番素敵な誕生日をくれる君を僕が呆れる訳がないでしょう」
「……え…?」
言われた言葉の意味を掴みきれずに啓太は顔を上げた。
なにか、違う…?
「今日は僕の生まれた日なんです」
「ええっ!!!!?
明日じゃなかったんですかっ?!」
「今日ですよ」
見つめる先で七条が上機嫌に笑っていた。







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