きっと本当は一瞬の、けれども滝にとってはものすごく長く思われる時間が過ぎました。
音がなくなったかと思われる位何も聞こえない。空気も何も動かない。そんな時間です。
成瀬は何も反応しません。
驚きも、なんにも。
いつもは打てば響くように小気味いい反応を返してくれる男が言葉一つ、身動き一つしないのです。
ああ。と滝は思いました。

ああ、そうやな。
そうなんやな。

成瀬が戸惑っているのが滝には分かりました。
滝の想いは成瀬には迷惑なのでしょう。
体が急に冷えてゆく気がします。
もともと成就など諦めていた想いです。
いい機会があったから冗談に紛れて告げるだけ。そう思っていた告白です。
はなから向こうの好意など期待してはいませんでした。
けれども。
心のどこかで思っていたらしいです。
自分でも気づかないようにしながらこっそりと。
もしかしたらと。
すごく低い確率かもしれないけれどひょっとしてと。
万が一にでも。
告白したら何か素敵なことがおこるかもと愚かにも滝は期待していたらしいのです。

そんなうまいこといくわけないなあ。
俺なんかにそんな幸運あるわけなかったなあ。

「なんてな!!
うっそですー!びっくりした?びっくりした?なあ、由紀彦」
唇を無理矢理笑みの形にして滝は目を開けました。
同時に飛び起きようともしましたが、それはできません。
至近距離に成瀬の顔がありました。彫りの深い、ノーブルな美貌。
実は密かに面食いな滝の大好きな顔です。
長いまつげに縁取られた瞳が滝をじっと見下ろしていました。
「嘘なんだ?」
滝の上から成瀬が平板な声を出します。
上掛けごと成瀬に覆い被されて滝は身動きがとれません。
「あったりまえやん!エイプリルフールですー!俺がそんな、男となんて」
せめて声だけでも、と空元気を装ってみます。
「もう2日だよ。俊介」
「…………え?」
「もう日付がかわって4月の2日なんだよ。笑って嘘を許せる日は終わっているよ」
「だって!だってお前、さっき11時過ぎているかって聞いたら」
「『過ぎては、いるね』12時も過ぎているんだから間違いはないだろう」
「間違いはないけど!」
滝はきーーって思いました。なんだかそれこそ騙された様な気分です。
成瀬は何がしたいのでしょう。
滝の言葉に気分を害したのでしょうか。
そんなにも嫌だったのでしょうか。
でもでもでも!
泣きたい気持ちで滝は心の中で反駁します。
詳しい時刻を知ってさえいれば自分だって告白なんて馬鹿な真似しなくてすんだのです。
今までのままいられたのです。
「だからね俊介。今の告白は嘘なの?それとも本当?
嘘なら罰がまっているけど?」
「罰ぅ?そんなん」
「すっごい罰だよ。きっと俊介なら泣いちゃうだろうね」
「泣いたりなんか…」
そこまで言いかけて、あれっ?て滝は思いました。
これではまるで本当と言って欲しいみたいやないやろか。
鼻先でくすくす笑う成瀬の整った顔を見上げます。
すべすべの肌。
薄い唇。
すっと通った鼻。
まっすぐに自分を見詰める瞳。
肩から滑り落ちる長い髪も。
見詰めているとなんだかわくわくします。
好きやなあ。
やっぱり、すごく好きや。
触りたいなあ。
ほっぺたに。
髪に。
唇に。
身動きがとれない滝はそう思いました。
「なに楽しそうに笑っているの?俊介」
「………、……」
「?聞こえないよ」
滝が小さく小さく呟くと、わずかに眉を寄せた成瀬が聞き取ろうとその耳を寄せてきました。
今や!
押さえ込まれて今ひとつ自由の利かない体で、滝は首を伸ばすと近づいてきた滑らかな頬に口づけました。
「俊介?!」
「なあ、罰ってこれくらい?」
ちゅーしたった!
ほっぺたにやけどまあしゃあない。
驚きに目を丸くした成瀬は。真っ赤な、そして得意そうな滝をしばらく見ていましたが
やがて悪戯っぽく言いました。
「もっともっとスゴイよ」
「もしホント言うたらどないするん?」
勢い込んで聞いてきた滝の小柄な体をぎゅうと抱きしめて。成瀬は唇が触れるくらいに顔を近づけます。
そんな距離に慣れていない滝が思わず首をすくめて目を閉じるくらい近くに。
そしてそっと成瀬は言葉を唇にのせました。
恐がりな滝が怯えないように。
「それに『僕も好き』って言葉がつくね」
かたく閉じた目を開けて。頬を真っ赤に染めた滝は。
至近距離の成瀬をしばらく心奪われたように見詰めていましたが、やがて意を決したように言いました。
「じゃ、じゃあ。本当って事にしたっても、ええで」

その時滝が浮かべた得意そうな表情も。
その時成瀬が浮かべたとろけそうな笑みも。
お互い一瞬しか見ることができませんでした。

できたての恋人同士は目を閉じて、互いの唇を感じていました。





おしまい。


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