遠征以外にホテルに泊まったことなどない滝にとってそのホテルは驚きの連続で。
だいたい部屋が2つもある部屋なんてホテルじゃないようだと思います。
普通の家、マンションみたいや。
自分ちのリビングとどっちが広いだろう。キッチンをあわせてもむずかしいんちゃうやろか。
義父には悪いと思いつつ冷静にホテルの方に軍配をあげたりします。
ホテルも色々や。そんな部屋もあるんやなあ。とかのんきなことも考えてみたりします。
バスルームはなんとテレビまで付いているのです。
こんな風呂は初めてです。
きゃふきゃふいいながら滝はお風呂にはいりました。
いつもは烏の行水とからかわれるくらい手早く上がるのですが、
今日はゆっくりとお気に入りの番組を見ながらのお風呂です。

気づいた時にはのぼせていました。

ほうほうのていでバスルームからはい出してきた滝に気づくと、ぼんやりとテレビを見ていた成瀬ははじかれたように駆けて来ました。
心配そうにのぞき込んできた成瀬は、けれども理由を聞いても怒るでもなく、困った子供を見るように少し表情を柔らかくしただけでした。
怒ってない…
その顔にホッとした途端滝の視界は黒くなりました。


ここは、どこやろ…?

照明を絞った部屋は暗いオレンジ色に沈んでいます。
気づくと滝はベッドにいました。どうやら少し寝ていたらしいです。
ベッドの端に腰掛けているシルエットは成瀬でしょうか。
テレビを消した部屋にはBGMもなく、空調の音もしません。
薄暗い部屋。
なんの音もしない部屋。
そんな所で成瀬はどれくらい一人でいたのでしょう。
うなだれてその広い肩を落としている様子に滝の胸はぎゅっと掴まれた気持ちになりました。
ああ。迷惑かけてしもた。
よれよれと風呂場から脱出した時はバスタオルを腰に巻いただけの裸の格好だった滝です。
今はパジャマをきちんと着ています。
頭の下が冷たいのは氷枕か何かをしているせいでしょうか。
「…由紀彦?」
動かない背中におそるおそる声をかけると
「起きたの俊介?具合悪いところはないかい?」
すぐに体ごとこちらを向いて成瀬が問いかけてきました。
その様子に、怒っていないと滝はもう一度ホッとします。
「ごめんなあ」
もう大丈夫と氷の枕を引き抜いてベッドサイドに置いて。
ふかふかのベッドに沈み込んだ滝は成瀬にしょんぼりと謝りました。
今日一日、楽しかった。
けど成瀬はどうだったんだろう。
馬鹿みたいにはしゃいでいた俺につきあわされて成瀬は。
「謝ることなんか、ないよ。びっくりしたけどね」
俊介らしくていいじゃないか。
柔らかい声のする方に目を向けようとした滝の視界は、不意に遮られて暗くなりました。
ひんやりとした手のひらが目を覆ってます。
冷たくて、気持ちいい。
目を閉じてその感触を味わっていた滝は不意にあることに気づきました。
「今、何時?11時過ぎ?」
「うん、すぎてはいるね」
声が思いもかけない程近くから聞こえます。横たわった自分のすぐ真上くらい。
「眠いんか?由紀彦。かわろうか?」
ベッドがもう一つあることも忘れて滝は上掛けを持ち上げました。
それに答えたのは吐息だけの笑いで。
いきなり滝の鼓動が早打ちを始めました。
この頃、滝は何かの拍子にドキドキしてしまうのです。
まるでドキドキのスイッチが体の中にあるかのように。
例えば。
成瀬に笑いかけられた時。
成瀬に触れた時。
成瀬の姿を遠くに見かけた時。
成瀬と話す時。
成瀬と…。

男にどうこうされるのはごめんですし、男をどうこうするのもごめん被りたいことです。
そんなことは変態で不自然で非効率で、なにより気色の悪いことです。
滝はずっとそう思ってきましたし、今でもそう思います。
けれどもそれでも成瀬は別、なのです。
成瀬がその相手に男女問わずの恋多き男なのも知ってます。
去年転校してきた伊藤啓太に一目惚れをしたことも。
きっと自分は好みの範疇外ということもわかっています。
そんな可能性などないということも。
そう思ってもドキドキは治まるどころか日に日にひどくなるばかりなのです。
痛むくらいに。

惚れるってこういう事なんか?
けれども言うわけにはいきません。
成瀬は滝にとって大事な友達。大事な同級生です。
変な感情でこの関係をダメにするわけにはいかないのです。

でも、今日なら。
誕生日の今日の内なら。滝は思います。
エイプリルフールのネタだって言ってしまえる。笑ってすませられる。
「あんなあ、由紀彦」
「ん?」
柔らかく吐息がまぶたに降ってきて、滝はぎゅうと目を閉じました。心臓が胸を揺らす位に鼓動を打っています。
さっき11時過ぎかと聞いたら返ってきた答えは「すぎているね」。まだ4月1日には間に合うはずです。
滝がこっそり本心を明かしても。笑ってすませられるはずです。
たちの悪い冗談とごまかすことができるのです。
「俺、な」
滝は言葉を切って息を吸いました。軽く息を吸って。止めて。
空気にあまく成瀬の香りが溶けていて、滝をくらくらさせます。
「お前のことが。
好きみたい」








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